"NEZASとは何か"を探究するとは、地域とともにどうあるべきか、人々とともにどうあるべきか、そして人は人とどう向き合うべきかと同義であると考えています。その考えをもとにこれまで行動する中で、様々な方々との出会いがあり、その出会いから新たな問いが生まれてきました。
今回は、"途上国から世界に通用するブランドをつくる"を理念とするマザーハウスを立ち上げ、代表取締役副社長を務める山崎大祐さんとのお話を通じて、「事業におけるミッションとはなにか」について考えてみたいと思います。
主宰:新井将能
協力:PHP研究所
写真:小池彩子
構成:中川和子
株式会社NEZASホールディングス代表取締役社長
栃木県出身。東洋大学大学院経営学研究科、社会学研究科修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。経営学修士、社会心理学修士。神奈川大学経済学部非常勤講師、事業構想大学院大学客員教授などを歴任。著書に『図解で学ぶコトラー入門』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。
株式会社マザーハウス代表取締役副社長
1980年、東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。ゼミの後輩でもあった山口絵理子氏とともに、株式会社マザーハウスの創業に関わり、ゴールドマン・サックス証券を退職。その後マザーハウスの経営に本格的に参画する。2007年、取締役副社長に就任。2019年から代表取締役副社長に。途上国を中心に海外をとびまわり、マーケティングと生産に携わる。「思いをカタチにする経営ゼミ」を主宰する『Warm Heart Cool Head』の代表や、日本ブラインドサッカー協会の外部理事なども務める
*株式会社マザーハウス 「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念を掲げ、2006年にバングラデシュからスタート。途上国の素材、職人の技術、文化を形にして、素材の開発から販売まで一貫したモノづくりを行う。現在、6つの生産国と3つの販売国で展開。代表取締役兼チーフデザイナーは山崎氏の学生時代の後輩でもある山口絵理子氏。
新井 : 今から15年くらい前に、とあるセミナーで山崎さんが講師を務められていて、そこで初めてお会いしたと記憶しています。当時マザーハウスの名前は聞いたことがある程度でしたが、お話を伺ってとても感銘を受けたことをよく覚えています。
山崎 : マザーハウスは06年創業なので結構早い段階でお会いしていますよね。あの頃に僕らを見つけて、その後ずっと変わらぬお付き合いをしてくれている人たちはすごくありがたいです。当時は「社会貢献でビジネスをやるなんてうまくいくわけない」とか「どうしてバングラデシュで作るの。中国でやればいいじゃん」とか言われ続けていました。
新井 : ところで、山崎さんはどのような学生時代を過ごされていたのでしょうか。
山崎 : 僕は慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)で竹中平蔵さんのゼミにいました。2年生の春からゼミに入ってめちゃくちゃ勉強しました。先生は学生の可能性を信じる方で、今でも当時の教えが活きていると感じます。たとえば「ビジネスカンファレンスに行って自分に自信がない時は最初に手を挙げて質問しろ。あとになるほど内容が深くなって手を挙げるのが難しくなる。最初に挙げるのがいちばん楽だ」とか。大臣を務められているような人と学生の頃から対等に話す機会があったというのは、ものすごく貴重な経験でした。
新井 : 山崎さんは新卒で投資信託会社のゴールドマン・サックスに入社されていますが、ゼミの影響が強かったというお話を以前に伺ったことがあります。
山崎 : 自分の家庭環境の影響もあって貧富の差の拡大が許せず、そこから問題意識を持ち経済の勉強を始めました。調べれば調べるほど富む人が更に富んでいく世界、そしてお金がみんなに流れていかないという世界がおかしいという想いから計量経済学を勉強し、それならそのど真ん中に行こうと思ってゴールドマン・サックスを選びました。
新井 : 実際に仕事をされてみて、いかがでしたか。
山崎 : 社歴に関係なく"できる人は使う"という文化があったので僕は働きやすかったです。めちゃくちゃ働きましたけど、だからこそ何をもって働きやすいとするのかということをすごく考えさせられました。それから、どんな会社にも良い人も悪い人もいることを学びました。お金が大好きみたいな人もいるけれど、何か守るべきものがあってお金を稼がないといけない人もいる。だから人が悪いのではなく、もしかしたら構造が悪いのではないかと考えるようになりました。人智を超えるような構造が勝手に自走していく世界があって、それを変えていかなければいけないと思ったのです。
新井 : そのような問題意識を持たれている中で、企業のミッションをどのように捉えていらっしゃいましたか。
山崎 : 僕は金融の中から社会を変えようと思って入社したけれど、それはゴールドマン・サックスの中では難しいと思いました。ゴールドマン・サックスにはゴールドマン・サックスのミッションがあって、そのミッションに基づいて全ての仕事が存在しているし、文化も存在している以上、僕がそれを大きく変えるというのは簡単ではないしおこがましい話です。世の中にはたくさんのミッションが存在していて、そのミッションに基づいてたくさんのコミュニティがあり、多くの人が努力しているわけです。"資本主義が間違っている"みたいな短絡的な話ではないと思いましたし、自分たちで自分たちの価値観をゼロから創らなければいけないと思いました。
新井 : マザーハウス創業者の山口さんの想いに対しては、どう思われていたのでしょうか。
山崎 : 彼女の行動力と志のレベルをリスペクトしていました。僕は難しいことを考えてばかりいる人間でしたが、どんなに難しいことを考えても行動しないことには何も変わらないことに気付かされました。学生時代に彼女と議論をしていて「あなたには愛がない」と言われて衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。彼女の姿勢は本質的で哲学的なものであり、そういう人だから一緒にやってみたいと純粋に思ったのでしょうね。モノを作って出来上がる喜びとか、モノを渡してお客様に"ありがとう"と言ってもらえる喜びはどんな難しいことよりも尊いものだと思いました。
新井 : 以前に山口さんの講演を拝聴した時に、"言語化できないことはこんなに素敵なことなんだ"と感じたことがあります。
山崎 : わかります。ある高校で講演後にパッと手を挙げた学生から「ごめんなさい、自分の思っていることが言葉にならないんです」と言われたことがあります。10分後ぐらいに今度は「貧しさってなくならないんですか」と聞かれました。僕はそれにすごく感動しましたし、いちばん答えるのが難しい質問でした。言葉にならないことにこそ、ものすごい深さがあるし意味がある。僕らはいろいろ難しいことを考えているけれど、言語化することがゴールになってしまっている。だから僕は言語化できないことこそすごく大事だと思うし、山口の魅力はそこにもあると思います。
新井 : 事業においてミッションが大切であると言われることについてはどう思われますか。
山崎 : これからの時代は間違いなくミッションに基づいたコミュニティの時代です。特に中小企業はそうせざるを得ない。給与面で大企業と勝負しても絶対に勝てない。ただ、人は必ずしも給与が高い所に行くわけではなく、自分の価値観に基づいて会社を選んでいくだろうし、そういう部分が少なからずあります。18年間企業を経営してきた中で、自分たちのミッションに基づいて仕組みや文化を創っていき、働いている人たちが"自分の居場所はここなんだ"と思ってくれることがいちばん重要だと思います。
新井 : 山崎さんが言われるコミュニティとはどのようなものでしょうか。
山崎 : 人はどこかに居場所が必要で、それは家族とか友人だという人もいるし、パートナーの場合もあるでしょうが、会社は最強のコミュニティのひとつだと思っています。自ら開催するゼミなどを通じて人に教えるようになってから、ミッションやコンセプトを創っていくべきリーダーである経営者は特別な存在だと思っていることに気付きました。経営者がコミュニティを創るリーダーだと信じているので、"経営者は生き方だ"と強く言っています。
新井 : そうなると、経営者にとってミッションは欠かせないものなのでしょうか。
山崎 : いや、ミッションは欠かせないけれど、それだけでは成り立たない。それ自体は北極星みたいなもので、そこを目指して走っていってもたどり着けないこともある。マザーハウスの"途上国から世界に通用するブランドをつくる"という理念も、体現する前に自分が死んでしまうくらい遠いかもしれない。実はミッション以上に大事なものは人の人生だと思います。
新井 : そのように考えられるのはなぜでしょうか。
山崎 : 人の人生、それを僕は"小さな物語"と呼んでいて、一方でミッションを"大きな物語"と呼んでいます。たとえば、SDGsは会社の社会的責務として取り組まないといけないと思いますけれど、その責務を果たしたら人が豊かになれるわけではないし、責務を果たすために人は生きているわけではありません。みんな自分の人生を豊かにするために生きていると考えた時に、僕は会社に携わってきていちばん豊かだなと思ったのは、人の生き方を喜べたり死を悲しめたりすることでした。
新井 : そうしたことは実体験を通じてお感じになられたことなのですね。
山崎 : 今、マザーハウスには1000人近いスタッフがいます。以前、インドの工場長を不慮の事故で亡くしたことがあり、その時は本当に辛く、こういうことに出合う確率が会社が大きくなればなるほど高まることを考えると、会社を大きくする意味はあるのだろうかと思いました。スタッフの数が増えれば増えるほど、そういうことに出合う確率は上がるし、大事な人を失うかもしれない。一方で、社内結婚などがあると、「このふたりは僕が起業しなかったら出会わなかったのかも」と思えて、僕はそれを愛おしく感じます。
新井 : まさにこれこそが事業における真実なのでしょうね。
山崎 : 事業をやっていると不条理なことや人生のリアルに出合いすぎて、「ミッションどころじゃないよね」みたいに思うというか、ビジネスをしっかり正直に遂行していこうと思うのです。まっすぐ行動すること自体が、結果的に全ての社会課題に向き合い続けることになっていると思いますね。
NEZASの実践 | ||
第1回: | マーケティングとはなにか――ゲスト:高岡浩三さん | |
第2回: | 事業におけるミッションとはなにか――ゲスト:山崎大祐さん | |
第3回: | 社会貢献とはなにか――ゲスト:鬼丸昌也さん | |
第4回: | 起業とはなにか――ゲスト:和田智行さん |