NEZASの軌跡 ここでは“NEZASとは何か”を問い続けてきた足跡を残しています

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NEZASの実践

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“NEZASとは何か“を探究するとは、地域とともにどうあるべきか、人々とともにどうあるべきか、そして人は人とどう向き合うべきかと同義であると考えています。その考えをもとにこれまで行動する中で様々な方々との出会いがあり、その出会いから新たな問いが生まれてきました。

今回は、ネスレ日本の代表を務められた高岡浩三さんとの対話を通じて、「マーケティングとは何か」について考えてみたいと思います。


第1回
マーケティングとはなにか

ゲスト 高岡浩三さん


主宰:新井将能
協力:PHP研究所
写真:小池彩子
構成:中川和子

高岡浩三
(たかおか・こうぞう)

ケイ アンド カンパニー株式会社 代表取締役社長
「キットカット受験応援キャンペーン」を手がけ、キットカットのビジネスを世界一に導き、2020年3月までネスレ日本(株)代表取締役社長兼CEOとしてDXによるネスカフェ・アンバサダーモデルを構築。利益率20%を超える超高収益企業に育てる。2020年4月よりケイ アンド カンパニー(株)代表取締役としてDXを通じたイノベーション創出のプロデューサーとして活躍。ネスレ退任後、(株)サイバーエージェントなど数社のマネジメントアドバイザーと社外取締役を務めるとともに、自ら「高岡イノベーション道場」というイノベーション創出に特化したスクールを主宰する。

新井将能
(あらい・まさよし)

株式会社NEZASホールディングス代表取締役社長
栃木県出身。東洋大学大学院経営学研究科、社会学研究科修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。経営学修士、社会心理学修士。神奈川大学経済学部非常勤講師、事業構想大学院大学客員教授などを歴任。著書に『図解で学ぶコトラー入門』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。


マーケティングとの出会い


新井 : 高岡さんに初めてお目にかかったのは、とあるセミナーを受講した際の講師のおひとりとしてでした。その時は、キットカットでの受験応援キャンペーンのお話をされており、たとえばホテル業界など、本来はホスピタリティーを提供しなければいけない業界なのに、それが十分にできていないというご指摘がすごく印象的でした。レンタカーの事業も同じことが言えるのではないかと問題意識を持ち、その後すぐに高岡さんにご相談をさせていただきました。

高岡 : 今から考えると、その頃ディーラーさんと仕事をするのは初めてでした。その後、僕がネスレの社長になって「ネスカフェアンバサダー」を立ち上げたときに、全国で400店舗ぐらいのディーラーさんにネスカフェのマシンを置いてもらって、アンバサダーをやっていただいたというのは、新井さんとのキットカットの経験があったからです。

新井 : 私は学生時代に専攻していたこともありマーケティングに関心を持っておりましたが、高岡さんは学生時代からマーケティングを学ばれていたのでしょうか。

高岡 : 僕は経営学部で学び、卒論は組織論です。経営学全体を勉強している中で、僕個人として興味があったのはブランドでした。ブランドで大きな仕事をしたいと思ったときに、日本みたいに年功序列型の会社では無理だと考え、外資系のネスレに入社しました。
僕がマーケティングを本当に勉強したのはネスレに入ってからとIMD(※)ですね。

新井 : IMDではどのようにマーケティングを学ばれたのでしょうか。

高岡 : マーケティングだけを集中的に勉強するというのではなく、僕はエグゼクティブコースに行ったので、リーダーシップも含めた経営論全体の話でした。なので、学校の先生に授業で教えられるよりも、実地で学んでいったことが多かったと思います。マーケティングを学術的にではなく、誰に言ってもわかりやすくなるように深く考えるようになったのは、マーケティングをどうやったらビジネスに生かして売上と利益に貢献することができるか、僕はそこしかやっていません。でも、今から考えると、あまり頭でっかちにならなかったのは良かったのかもしれないと思っています。

(※) IMD(国際経営開発研究所)…スイスのローザンヌに拠点を置く世界最高峰のビジネススクール


常識を疑う思考に必要なこととは


新井 : 高岡さんは言葉の定義というか言葉の持つ意味合いをとても大切にしていらっしゃると思っているのですが、そうなるに至る何かきっかけがあったのでしょうか。

高岡 : これはネスレという外資系に入ったということと、僕が日本人として日本という非常に特異なマーケットにいたという二つの理由があると思います。
例えば、ネスレはヨーロッパの会社ですが、ヨーロッパも広いから、国ごとに気性も違えば考え方も言葉も若干違いはある。だけど、日本はもっと違うじゃないですか。そうすると、「なぜ、日本人はこうするのか?」と彼らは色々と疑問を持つのです。外資系の日本法人に勤めて一番大変なのは、どこに行っても「どうして日本はそうなのか?」と聞かれたときに、答えないといけないこと。日本の会社に入ったら誰もそんなこと聞かないでしょというような、みんなが当たり前だと思っていることを聞かれると、すぐに答えられないのです。

新井 : これまでに外国人の方から受けた質問で印象的なものはありますか。

高岡 : 僕が一番思い悩んだのが「日本ではどうしてスーパーマーケットがこんなにたくさんあるのか」という質問でした。ネスレの取引先にもスーパーは400社以上ありました。先進国でいえば、ドイツは5社で8割を占めます。日本は倍の人口がいたとしても、10社で8割でいいはずなのに400社もある。これが彼らには理解できないわけですよ。
たまたまテレビで『秘密のケンミンSHOW』を見ていて「日本はこんなに小さい国なのに、47都道府県ある中で、こんなに食べているものが季節によって違うんだ」と気づきました。考えてみたら、チルド流通なんて発達したのはここ100年で、日本海側と太平洋側、暖流と寒流で獲れる魚も違うし南北に長いから採れる野菜も違う。それがどこでも同じものを食べられるようになったのはここ70年の話。そう思ったら、地元のスーパー(リージョナルチェーン)は、地元の農家、漁師、酪農家と仲がいいから、そこの地域の人たちに合った生鮮品を購入できる。スーパーの売上って、昔は半分ぐらいが生鮮品なので、リージョナルチェーンの方が強いのです。

新井 : テレビ番組を見ていたときにふと気付いたというのが興味深いですね。

高岡 : そういうことが答えられるようになるのに、5年もかかりました。でも、5年かけてもそういうことがわかるのは、常に考えていたからです。これが、点と点が線につながるみたいなところなのだと思います。これとこれとを組み合わせたら、こういうことじゃないかなとか、そういうことがつながってくる。僕はこれを「ダイバーシティ思考」と言っているのですが、日本人同士の会話の中ではそういう発想が生まれてこない。当たり前のことを「なぜか?」と自分で常に考えていないと、そういう見方は出てこない。それが実はイノベーションをつくるための、顧客の問題発見の能力につながってくると僕は考えています。

新井 : 点と点がつながる話なのですが、それは自然とつながっていくものなのでしょうか。それとも意識的につなげようとしてつなげていくものなのでしょうか。

高岡 : あえてつなげようと努力することはないですね。かなりの数の疑問があって、それを日常的にずっと考えているわけですよ。その答えを見つけているときに、突然、この点と点がつながることが偶然にあるとしか今は説明できないですね。例えば、車を運転していても、車の運転だけに集中しているわけではなく、いろいろなことを考えているわけじゃないですか。人間には同時進行的にいろいろなことを考えられる能力が本来あると思うのです。


マーケティングとは経営そのもの


新井 : 高岡さんとのお付き合いを通じて、私はマーケティングとは、マーケターの行動そのものであると捉えるようになりました。言い換えれば、なにをするかではなく、誰がするのか、その誰かがマーケターであるかどうかで決まるような気がしているのです。

高岡 : そうかもしれませんね。僕は55歳のときにスイスのネスレ本社から声がかかり、自分のセカンドキャリアを真剣に考えました。日本の失われた30年は60代以上の元経営者全員に責任がある。自分がやってきたことは置いておいても、世代として責任があるから、なんとか日本でもうちょっとマーケティングを考えようと思ったのです。
マーケティングはイコール経営だから、僕はマーケターと言われることがあまり好きではありません。やっぱり経営者と言われたい。経営者でありマーケターだと思っています。マーケティングをして付加価値をつくること、それが顧客の問題解決になる。その顧客の問題解決は、いわゆるビジネスだけではなく、間接部門もすべてに該当する。それで、間接部門に対するマーケティングということを特に言い出したんです。そうすると、それら全部が経営です。ただ日本ではコマーシャルサイドの付加価値活動が、マーケターがやるマーケティングのように捉えられている。僕はそうではないと。マーケティングは経営だと思っています。